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2024-03-05

お通夜での再会

家族でお通夜へと出向いた。

今日は奄美の教会の会長夫人のお通夜がありました。
いつも帰省して教会に立ち寄ると、明るい笑顔で出迎えてくれた奥さん。
まさかこんなお別れの時が来るなんて、いまだに信じられません。

昨年の11月、私が母の見舞いに帰省した際、胃腸炎で奄美の徳洲会に入院しました。
奇しくも母と同じ病院に入院。
その際にも、心配してお見舞いに来てくれました。
退屈だろうからと、ラジオを持ってきてくれたり、色々と気を配ってくれていました。

退院して奈良に戻る前に、教会に挨拶に行き、話をしたのが結局最後だった。
その時にも、私の体調を気遣い、母のことを気遣ってくれていた。
まさかそれが最後になるなんて、全く信じられません。

母の葬儀の時には、がんで入院していて、顔を合わすこともできませんでした。
当初は奄美で入院していましたが、長男さんが奈良にいるので、奈良の病院へと転院して闘病していました。

母の50日祭の時にも、可能なら来ていただきたいと思っていましたが、残念ながら会うことは出来ませんでした。
結局今日ようやく顔を見ることが出来た。
いつもにこやかに話しかけてくれていた、あの時の顔と変わらない。
本当に亡くなってしまったのが、全く信じられず、ただただ眠るようなそのお顔を見つめていました。

いつも母のことを気にかけてくれていて、昨年母が入院して、私たちが帰省した際にも、教会で温かい言葉をかけてくれていた奥さん。
私の記憶の中には、いつも笑顔で話しかけてくれていた奥さんしかいない。
あの11月の退院後の時から、ずっと時が止まったままです。

まだ70歳手前。
どうして・・・と思う気持ちと、これまでの感謝の気持ちと、いろんな感情が込み上げてきて、寝顔を見て涙が溢れてきました。
母の葬儀から、まだ3ヶ月。
第二の母を失ったような気持ちです。
母の葬儀の時を思い出してしまいました。

明日は告別式。
最後のお別れをします。
全く実感が湧きませんが、ちゃんとお別れをしたいと思います。

人の生死は、人が決めるものではない。
その時が来るまで、人は精一杯生き抜かなくてはならないのだと思います。
最後の時を迎えた時に、悔いのないように、精一杯生きる。
母と教会の奥さんから教えられた気がしています。

だから私も一日一日を大切に、精一杯生き抜きます。
日々生かされていることに感謝して。

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