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2024-08-06

世界の平和を日本から

今年もこの日がやって来ましたね。
広島への原爆投下の日。
毎年この時期になると、平和への祈りを考えずにはいられません。

しかし我々が平和を祈っても、争いのない世界を望んでも、世界は乱れていく。
ロシアのウクライナ侵攻、ハマスとイスラエルの紛争から、さらに戦火は広がりそうな気配を見せています。
平和の祭典オリンピックも開かれていますが、世界が平和になるのは、いつになるのでしょうか。

世界から争いごとが無くなる日は来ないのでしょうか?
そもそも人は何故争うのか?
そこには争う理由があるはずです。
領土、資源、食糧、水。
人が生きていく上で、必要なものを奪い合う。

それ以外にも大きいのは、宗教の違いかも知れません。
本来宗教は、人間が幸せになるためのもの。
それなのに、その宗教が争いの種になるのはなぜ?

人は神に祈る時「幸せになりたい」と願うでしょう。
我々だって、初詣などした時は「良い年でありますように」と、自分や家族の幸せを願う。
それはそれで当たり前だし、全然良いと思う。

でも、本当は自分の家族だけでなく、地域や社会、日本全体さらに世界全体の幸せを願うことが大事なんだと思う。
その上で、自分たちの幸せを願う。
自分たちの幸せを願ったところで、国や世界が争っていては、自分も幸せにはなれない。
難しいことですけどね。人間誰しも我が身が一番かわいい。

神様にはお願いをするのではなく、日々の暮らしを感謝することが大切だと思う。
今日1日を生き延びれたのは、決して己1人の力ではない。
平和な日々であっても、今日食べる食糧も、蛇口をひねれば出てくる水も、誰かの働きによって成り立っている。
私たちは誰1人として、己の力だけでは生きていけない。
そのことに想いを馳せて、今日1日を生きたことに感謝する。
その心を忘れてはいけないと思う。
私も度々忘れてしまうが。

宗教の違いで争うのは、私たち日本人には理解し難い。
日本の中にも多くの宗教が存在する。
宗教の違いに、多少のいざこざはあるにせよ、戦争に至るようなことはない。

これはやはり日本人の、昔からの価値観にあると思う。
八百万の神々。
古来より日本には、至る所に神様がいると考えられていた。
山の神、海の神、森の神、田の神、台所の神、さらには便所にさえも。
神様は一人ではないし、絶対的な存在でも無かった。

一方でキリスト教やイスラム教は一神教。
自分たちが信じる神様が絶対。
他の神様は邪道になる。
だから他宗教の価値観は受け入れられない。
お互いに許せない存在になってしまう。

世界から争いが無くならないのは、互いの違いを認め合えないことも大きいと思う。
「みんな違ってみんないい」
残念ながらこれが言えるのは、平和な日本だからだと思う。

平和は祈るだけは実現しない。
でも祈ることはとても大事。
それは自分のことじゃなく、世界の幸せを願うことだから。

ただ、世界は違いを認め合えないことも知るべき。
厳しい現実を分かった上で、理想の世界を目指していかなければならない。
日本人の価値観こそが、世界平和への足がかりになる気がしている。

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